ステガノグラフィ技術の応用

(KIT ステガノグラフィ研究グループ)

(in English)


 

ステガノグラフィ技術の応用としては、例えば、以下のような分野があります。これらの分野は、ステガノグラフィのどのような特徴を利用するかということで決まります。

   1) 秘密情報の保管や通信の秘密を守るための応用

   2) デジタル情報の改ざんを防ぐための応用

   3) デジタルコンテンツ・アクセスコントロールへの応用

   4) メディア情報データベースへの応用

 

 

1.秘密情報の保管や通信の秘密を守るための応用

 

ステガノグラフィは、本来、この目的のために研究されてきた技術です。すなわち、秘密情報の持ち主としては、

   (A) 秘密情報の所在を秘匿できること

   (B) 秘密情報の抽出方法が解らないこと

   (C) 暗号化した秘密情報についてもステガノグラフィ技術が利用できること

などを利用して秘密情報を守ることができます。従ってこの種の応用は、埋込情報の「秘匿性」を利用する応用です。

具体的には、まず秘密情報データの大きさに従って「入れ物データ (Vessel)」を選択し、特定の「埋込みプログラム(通常は抽出プログラムと一体になっている)」と、適当な「鍵」を用いて埋込処理をします。この場合、入れ物データとしては、なるべく「目立たない」ものが望ましく、また、埋込 処理で使用したプログラムと鍵は自分で覚えておかなければなりません。他人に見られたくない「私的な日記帳」への応用は分かり易い例です。

ステガノグラフィにおける「鍵」は、基本的に、暗号技術で言う「共通鍵方式(暗号化、復号化ともに同じ鍵を使う)」となります。すなわち、「埋込鍵と抽出鍵が同じ」です。従って、ステガノグラフィを利用する秘密通信 においては、情報の送信者と受信者は事前に「鍵の打合わせ」をしなければなりません。ただし、多少工夫すれば、鍵の相談をしなくてもよいシステムも実現できます詳しくは参考文献[7] をご覧下さい

秘密通信手段として利用する一番わかり易い例は、「秘密情報を画像に埋め込み、E−メールに添付して相手に送る」ことです。鍵の打合わせさえ確実であれば、この方法は暗号通信よりも安全です。しかしながら、この場合も特定の相手に対する「送・受信行為」は必要であり、「誰かと誰かは密通している」と見破られる可能性は残ります。

これに対して、Web ページを利用した、送・受信行為を必要としない相互秘密通信の方法もあります。これについては別のページで説明しています。 また、更に秘匿性を高めた方法に関してはこちらのページをご覧ください

どの原理に基づくステガノグラフィであっても、秘密保護を目的とする応用で最も大切なことは、秘密情報を埋め込んだ証拠を残さないことです。具体的には、、

  (A) 秘密データ量よりもなるべく大きな Vessel を利用する。

  (B) 埋込み後はオリジナルの Vessel を廃棄する。

などの注意が必要です。例えば、私たちが公開している実験プログラム Qtech Hide & View は、「大量埋込み」を得意としていますが、やはり埋込量が多ければ多いほど、埋込みの証拠が内在して残ります。できれば最大埋込み許容量の 25 % 程度 (PNG または BMP出力) の埋込み、或いは Vessel画像の 3 % (JPEG) 程度が推奨されます。

 

2.デジタル情報の改ざんを防ぐための応用

BPCS-Steganography の最初のページに、ステガノグラフィにおける埋込み情報は「頑健であるよりはむしろ壊れ易くてもよい」ことを述べていますが、実際に作成された各種の埋込プログラムで埋め込まれたデータは、何れも非常に壊れ易いものです。特に、Qtech Hide & View では極めて壊れやすいように埋込みます。Qtech-HV v011 での埋込みデータの壊れ易さについては別のページをご覧下さい。

しかし、この埋込みデータが「壊れ易い」という特徴は、ステガノグラフィに新たな応用の道を拓きます。すなわち、ステガノグラフィを利用した「デジタル証明書システム」が実現可能です。特筆すべき点は、このシステムには、従来からの「認証機関」が全く不要であることです。このシステムが実現すると、「デジタル証明書の原本を、E-メールに添付」して送付出来るようになり、しかもその証明書が真正なものであるかどうかを受取側で確認できるようになります。詳しくは別のページの参考文献[9]をご覧下さい。

 

3.デジタルコンテンツ・アクセスコントロールへの応用

以下の応用は、「埋込んだ情報そのものは隠す」 けれど、「埋込内容については積極的にPRする」 ステガノグラフィです。

最近では、インターネットを利用したコンテンツの配布が盛んになっています。Webページはその典型的なものですが、これは「世の中のすべての人を対象とした配布であり、「ある人にはこの コンテンツを」、「別の人には違うコンテンツを」 というような、「個別選択的配布」は出来ません。勿論、E-メールへの添付ファイルとして、相手毎に異なるコンテンツを送付すれば良いのですが、それにはかなりの労力が必要です。また、Eメールに添付できるデータ量に も「現実的な制限」があります。

例えば、自分が 相手次第で開示しても良い複数種類のコンテンツを私有している場合、その全体データを、直接には利用出来ない形式で、とりあえずWeb上に置いておき、コンテンツへのアクセスを希望する人からの注文に応じながら個別にアクセス方法を知らせる、ことが できるシステムがあれば、非常に有効です。

実は、ステガノグラフィは、このようなシステムの実現にも役立ちます。私達は、ステガノグラフィ技術を利用して、そのような「アクセスコントロール・システム」 のモデルを開発しました。その仕組みは以下の通りです。

(1)まず、異なるコンテンツをフォルダー毎に分類・格納しておき、そのようなフォルダーの全体を適当な「入れ物データ」に埋め込んでステゴデータを作成し、それをWeb上に公開する。

(2)Webページでは、埋込んだコンテンツの内容を積極的にPRし、自分への連絡先も開示しておく。

(3)そのWebページに注目した人から個別のアクセス希望が来たら、その希望を考慮して、「埋込みコンテンツへのアクセスキー」 を作成し、アクセス希望者に渡す。

ところで、このシステムで最も重要な点は、「埋込み情報を選択的に抽出できる」機能です。すなわち、選択的に抽出できる「アクセスキー」 の仕組みを実現することが最も重要です。

実は、 私達はこの機能を実現する「フォルダーアクセス・キー」を考案し、このようなシステムのプロトタイプを実現しました。しかし、ここではこれについての解説は省略します。 

 

4.メディア情報データベースへの応用

 

画像データや音楽データなどの「メディア情報」には、関連する様々な情報が付随します。例えば、カメラで撮った写真については、

  (1)  撮影日時、場所の情報

  (2)  撮影条件や撮影者の情報

  (3)   テーマや被写体の情報

などが考えられます。以前はこのような付随情報は、アルバムに書き添えていました。

しかし、この頃では殆どのカメラがディジタル化され、撮影が簡単になり、撮影される写真の枚数は飛躍的に増えてきました。そして殆どの写真がコンピュータのディスプレイで閲覧されるようになり、結果的に、上記のような付随情報をいちいち作成して残しておくことが億劫になりました。膨大な枚数になった写真は、コンピュータの中に「未整理のままに放置されている」のが実情で、 このような状況で「特定の一枚」を探し出すのはなかなかできません。

 

いわゆる「アルバムソフト」などを使えば、写真に付随情報を付けて、メモとして残しておくことが可能ですし、キーワード検索などを利用して目的の写真を見つけること は可能です。しかしながら、せっかく作成した付随情報も、個々の写真とは一体化されておらず、写真をメールに添付して友人に送るときは、その付随情報は役に立ちません。

 

この状況をやや専門的に言えば、メディア情報データベース・システムでのメタ情報データは、メディア情報データとは別データとして管理される」、となります。従って、或る一つのデータベース・システム(或るアルバムソフト)の中の或るメディアデータ(或る写真)を、別のシステム(異なるアルバムソフト)にコピーしても、そのメタデータ(付随情報)は利用できないことになります。

 

ステガノグラフィ技術はこのような問題の解決にも役に立ちます。すなわち、メディア情報データ(写真データ)の中にメタデータ(付随情報)を埋め込んで一体化しておけば、メタ情報の管理が非常に容易になります。

 

例えば、旅先の気に入った写真データの中に、思い出を綴った文章を埋め込んでおけば、(抽出プログラムさえ有れば)コンピュータが違っていても、思い出は何時でも取り出せます。私たちの実験プログラム Qtech Hide & View v02 はこのような利用を想定し、Qtech Hide & View v011 を簡単化して公開しているものです。

(このプログラム Qtech Hide & View v02には、埋込み情報の秘匿性は有りませんが、プログラムの有効期限は設定していませんので、末永く使えます。)

 

将来、 さらにディジタルビデオのシーン毎にメタデータ(登場人物、シーンの状況など)を埋め込む「動画ステガノグラフィ」が実現すれば、様々な映画、ドラマの「シーン検索」が容易にな ります。そして、これまで非常に困難であった動画の、「意味検索」が可能になるはずです。

 

このような応用分野は、ステガノグラフィの、「2種の情報データを一体化する」 ことを利用するものであり、「埋め込まれた情報の秘匿性」はあまり必要とされません。むしろ、埋込み・抽出アルゴリズムが「標準化」され、誰でも何処でも利用できることが大切です。

 

なお、次のWebsiteには、(特にBPCS方式の)ステガノグラフィを利用して、XMLデータを古文書画像データに埋め込んで利用するという興味深い研究成果が示されています。

 

http://www.armour.cc/cercatrova.htm

5.まとめ

以上、このページでは、ステガノグラフィ技術の応用可能な分野を大まかに4分類して説明を加えました。

 

参考文献

[7] Eiji Kawaguchi, et al: A Model of Anonymous Covert Mailing System Using Steganographic Scheme, in Information Modelling and Knowledge Bases XIV, pp.81-85, IOS Press, 2003. (Download: 182KB)

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(最終更新日: 2023, 11, 08  河口英二)